スポンサーサイト 
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
去年のパック(イースター)フェットの裏側 
今日は、一年経った今だから言える(?)去年のフェットの裏側について。
その裏側を見ることで、ベナン人のお金に対する考えがわかります。


去年のパック(イースター)フェットは、
長屋のキリスト教徒の皆さん(合計4家族)と行いました。

そのときのブログは→こちら

フェットの方法は、こうでした。
主催者である我が家が、豚を購入。
その他の3家族が、飲み物や、豚肉以外の食べ物を購入する。というルールでした。


ところが、、、、、

前日になって、1家族が
「すみません。どうしても、お金が用意できませんでした。」
と。

日本風に言えば、前日のドタキャン。
日本だったら、お金を払えないのであれば、仕方ない。
残りの3家族でフェットをしよう!
と、思うのが普通でしょう。

でも、ここはベナン。
なんと、長屋のみんなが出した結論は、
「お金がないなら仕方ない。お金がある人で、彼の分をだしてあげよう!」
だったんです。

『貸す』んじゃないんです。
全面的に、お金を出してあげるんです。

親戚でもないのに、そこまでしてあげるのかっ!?と、正直、私はびっくりしました。
お金がある人が、お金のない人にご馳走するのが当たり前のベナン文化。
フェットだったから、なおのことだったと思います。


そして、始まったこのフェット。
4家族で、仲良く楽しく過ごしたように見えたのですが・・・・・

結局、お金を払うはずだったもう1家族。
約束していたお金の半分も、払わなかったんです。

前述の人とは違い、
「あとで払うから。あとで払うから。」
を連発。フェットが終わった後も、払うことはありませんでした。


そして、おまけのおまけ。
「あとで払うから」を連発していた彼。
なんと、善意で貸してあげた我が家のバイク。
「鍵を失くしてしまって。。。」
といって、バイクの鍵をこわして、無理やりエンジンをかけて、バイクに乗って帰ってきたんです。

鍵の交換。
かなり高かったんですが、彼は一銭も払いませんでした。

というわけで、実は、去年のフェット、裏側でいろいろあったんです。


とはいえ、長屋のみんなでわいわい食べて飲んで、子ども達はとっても楽しそうでした。
スポンサーサイト
 
 
お金に対する感覚もまたお国柄なのでしょうか。
ブログを読んでて思い出したのが、イスラム教の『喜捨』。
富める人は貧しい人にお金を与えたり、物を提供するのは当然という思想。
与えられる側も『当たり前のこととして』受け入れると聞いたことが。
隣人の方、バイクのことやお祭りのお金のこと。今後、何かの形でご恩に報いることはあるのか、気になります。
一方でお金を出す側となったご家族はどう受け止めているのかも興味が。
功徳を積んだとして、流してるのか、いつか返してくれるだろうと、気長に構えてるのか。
お国の違いって、本質的なところから違うので面白いですね!
 
亜希さんの言う通り、お金に対する感覚はお国柄が出ますよね。
ベナン人は、圧倒的にキリスト教徒が多いですが、
『喜捨』と同じ思想を持っている人が多いと感じます。
キリスト教の中にも、そういう考えがあって、
実践している人が多いんだと思います。

今回の件でいうと、
「お金が用意できませんでした。すみません。」
といった隣人に対しては、
お金を負担した2家族は、
「お金がないなら仕方ない。」
と、そう思っていて、本当に助けるつもりで出したようですが、

もう1人のいい顔ばっかりして、
結局お金を出さなかった隣人に対しては、
本気で腹を立てているようでした。

ま、もちろん、それまでの信頼関係もあったと思います。


ベナン人のお金の貸し借りは、見ていると面白いですよー。

ネタいっぱいありますもん。
ま、当事者になって、腹が立つことも多いですけどね。笑

非公開コメント

トラックバック URL
http://dearbenin.blog.fc2.com/tb.php/448-668e7b9c
..

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。