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8月1日は、ベナン独立記念日! 
とうとう8月!

8月1日は、ベナンの独立記念日です。
今頃あちらでは、お祭り騒ぎでしょう。
といっても、一般市民は何もしませんけどね(笑)

下の写真は、我が家から妹ミルカの家に遊びに行く様子。
トビの歩き方がかわいすぎる。
散歩
赤土。
なつかし~!!
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ホームステイママの幼少期の虐待経験 
子ども虐待のニュースが報じられていますね。
3歳の子どもを橋から落とす。なんて、にわかには信じられない出来事と思ってしまいます。

さて、では、アフリカ。
子どもに溢れかえる国で、虐待はあるんだろうか?と思う人もいるかもしれません。

いろいろとこれについても、書きたいことはあるのですが、
今日は、ホームステイママが話してくれた、彼女の小さい時の出来事について、
書いてみようかと思います。

ディンディ(仮名)のお父さんとお母さんは、ベナン人。
お父さんの仕事は、洋服の仕立て屋。
仕事を求めて、ベナンを発ち、コートジボワールで家族が生活しているときに、
ディンディは生まれました。
下の地図、青がコートジボワール。
赤がベナン。
ベナンとコートジボワール
ディンディは、6番目の子どもでした。
その後も、3人の妹も生まれ、大家族。

そして、彼女が7歳のとき、両親はディンディをセネガルに行くという親戚に預けました。
その親戚は、お父さんのいとこ。新婚夫婦でした。

アフリカでは、子どもも重要な働き手。
新婚夫婦に、まだ、子どもはいなく、仕事を求めてセネガルへ行くものの、あちらに身寄りもないため、
お手伝いをするために、ディンディはその新婚夫婦に預けられ、
船とバスを乗り継ぎ、陸路でセネガルへと向かったのでした。
下の地図、オレンジがセネガル。
セネガル
お父さんのいとこの家、かつセネガルでの新生活。
7歳のディンディは、家で重要な働き手として、できることは、何でもやらされました。

ご飯の準備の手伝い、掃除。
朝の仕事が終わるまで、学校にも行かせてもらうことができず、
毎日のように、学校に遅刻していきました。

叩かれることも、日常茶飯事でした。

また、彼女が失敗をしたときや、夫婦にとって、ディンディが邪魔になったとき、
その夫婦は、彼女を炎天下の中、庭の木に縛り付けておくことも何度もありました。

ディンディは、何度も家出をします。
でも、結局、みつかってしまい、家に戻されます。
お父さんとお母さんのいるコートジボワールは遠く、帰れません。

そんな辛い日が1年半ほど、続きました。

ある日、いつものように家の手伝いをしていると、突然、家に、白人女性と警察がやってきました。
白人女性は、ディンディを抱きしめて、その家から連れ出してくれました。


そう!
ヨーロッパの人権保護団体のNGO協力のもと、地元の警察とともに、
虐待をし続けられていた彼女が救われたんです。

その後、彼女は病院へ入院し、いくつかの検査を受けた後、
教会へあずけられ、シスターとともに、生活することになります。

しかしその後は何度も、裁判所に連れて行かれ、虐待の事実を問われたそうです。
嫌いなお父さんのいとこ夫婦、怖い大人(裁判官)に囲まれ、いやなことを聞かれ、
裁判所に行くのは、本当に嫌だったそうです。

そして、セネガルの教会で暮らすこと2年。
お父さんがお金をためて、彼女の飛行機代を工面し、
やっと、両親の元へと帰ることができたんだそうです。


なんだかドラマティックに見えるけれども、
実際のホームステイママの話です。
彼女の足には、まだ、そのときに出来たのであろう傷が残っています。

白人女性が家に入って来た光景は、今でも忘れられないそうです。

また、そのときに彼女がくれたチョコレート。
初めて食べたチョコレートが、あまりにも美味しくてびっくりしたことも忘れられないそうです。


日本とアフリカ。
全然、環境は異なるけれども、やっぱり子どもは弱い存在です。
子どもを見守って、助けていける環境整備。
難しいかもしれないけれど、重要なことですね。


ちなみに、ホームステイママは、本当に優しいです。
彼女が言うには、その辛かったときのことは思い出したくもないけれど、
その後のシスターと一緒の生活が、彼女を救ってくれたんだそうです。

もちろん彼女は、今でも真摯なクリスチャンです。
エボラ出血熱 ~リベリアで非常事態解除~ 
日本では、報道されたりされなかったりのエボラ出血熱の報道。

そんな中、喜ばしい!というか、驚きのニュースがありました。
(ちょっと前のことです。すみません。)

それが、リベリアのサーリーフ大統領による
リベリアにおける非常事態宣言解除

ニュースの中では、
新たに報告されている感染者数が減ってきていること。
が理由として、あげられていました。

リベリアはこちらの地図で、緑色。
隣国の赤が、ギニア・シエラレオネといったエボラ出血熱の流行国。
(青がベナン)
エボラとリベリア

ただ、非常事態宣言解除はしたものの、まだまだ終結したわけではないため、
感染対策をしっかりするとともに、国民へ引き続き、警戒するようよびかけているそうです。

本当に感染者数が減っているのなら、これほど喜ばしいことはないのですが、
ついつい疑ってしまいます。
まだまだ、厳しい状況に変わりはないのでしょうが、
ちょっとでもいい方向に進んで行ってほしいと願ってやみません。
ブルキナファソでのクーデター 
11月になりました。
仙台でも、朝晩はとても寒くなってきましたが、皆さん、いかがお過ごしでしょうか?

日本でも、エボラ出血熱が疑われる方が入国、検査の結果、陰性となる出来事があり、
これまで以上に、エボラ出血熱が対岸の火事ではないことが認識されました。
未だに脅威をふるっているエボラ出血熱ではありますが、
先日、また、西アフリカでびっくりする事件が起きました。

あまり日本では多く報道されてはいませんが、
西アフリカにあるブルキナファソという国で、軍事クーデターがありました。
ブルキナファソは、下の地図の青色。
赤がベナン。ベナンの隣国です。
ブルキナファソ
理由は、大統領が今の憲法(大統領の3選禁止)を改正しようとしたことに対する反発のようです。
最新の報道では、軍が政権を掌握したものの、
国民はそれに納得せず、デモ活動が続けられ、
軍がそれに対して、威嚇射撃をするなど、まだまだ落ち着かない情勢が続いているようです。

外務省のHPを見ると、今現在、在留邦人に被害は出ていないとのこと、
同じように西アフリカで暮らす私としては(今は日本ですが)、
この出来事、本当に他人事ではありません。
実際に、知り合いが1人、ブルキナファソで暮らしています。
本当に心配です。

このサイトにたくさんの写真が一度に掲載されています。
興味がある方はどうぞ→【ブルキナファソ】何が起こったのかを示す12の写真


ベナンでも、現ヤイ・ボニ大統領が全く同じ理由で憲法を改正しようとする動きをしたことがありました。
それに反発し、デモやストライキを行うなど、ベナン国内でも、
抗議活動が行われていたことがあります。

その後、ヤイ・ボニ大統領は、今の任期で大統領を退くことを公言しましたが、
それを信じられず、いまだに抗議活動を続けている人達もいます。
(いろいろな理由が複雑に絡み合っているため、
 一概に、大統領への反発だけとは言えませんが・・・・・)

いずれにしても、まだまだ、アフリカで民主化が本当に行われるのは難しいのでしょう。

一部の人に集まる富と権力。
その構造を変えることは、簡単ではありません。

いちはやく、ブルキナファソでの情勢がおさまりますように。
ナイジェリアでエボラ出血熱が終息(WHOが発表) 
未だに続く、エボラ出血熱の流行。
テレビでは、よくアメリカの二次感染したニュースが取り上げられていますね。

そんな中、昨日、WHO(世界保健機関)がナイジェリアでの終息を宣言したニュースが報じられていました。
テレビでご覧になった方も多いのではないでしょうか?

ニュースの内容を確認すると、
「最長潜伏期間の2倍に当たる42日間が過ぎても新規感染者が出なかったため」
とのことのようでした。

念のため、地図で確認すると、
オレンジ色がナイジェリア。
赤で塗られている3か国が、最大の流行地域:ギニア、リベリア、シエラレオネ。
(青がベナン)
エボラ出血熱とアフリカ

正直、このニュースは本当に驚きです。
アフリカ大陸を代表する大国・ナイジェリアとはいえ、途上国です。
よく感染の拡大を防げたな~と思うだけではなく、本当に大丈夫!?と
半ば、半信半疑な気持ちでいっぱいです。

それに、ナイジェリアで終息とはいえ、まだまだ西の3ヶ国では、
感染拡大が続く一方のようですし、緊張状態が続いていることに、変わりはありません。

世界全体での終息を祈るのみです。
..

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